2021年2月掲載
「おつかれさまでした」と、私は思わず店主をねぎらいました。
時短営業期間が終了した直後、なじみの小さな居酒屋から帰る時のことです。
客のいなくなった店で、店主はこう言って苦笑しました。「十年分休みましたからね。
やる事がないから、おかげで家中がきれいに片付きましたよ。」
お店を始めて20年。
ほぼ年中無休。
およそ1か月ぶりの営業再開だったのです。
店主は疲れた目でこう続けました。
「補償金はもらったけど、仕事ができないことがこんなにしんどいとは思いませんでした。」と。
内閣府の「国民生活に関する世論調査(令和元年)」によると、働く目的の一番は、「お金を得るため」です。
次に大きいのが「生きがいを見つけるため」となっています。
仕事や働き方に対する思いや考え方は人それぞれです。
仕事の内容や職場環境、年齢や経験年数などによっても違っています。
私は、この店主にとって仕事は生きがいで、お金を得て生きるためだけではなく、自分を活かすために働いているのだろうと感じたのです。
この春から、新しい環境の中で仕事を始める方。
心機一転して仕事探しを始める方もいることでしょう。
そのような方々は、この機会に「働く目的」に思いをはせてみましょう。
もし働く目的が分からなければ、やりたい仕事を探すより、できる仕事を始めてできるだけ続けてみましょう。
困難や不安なことがあっても、そうする事で働く目的や自分が活かせる仕事が見えてくることもあるのです。
およそ1週間後、再びその店を訪れた時の帰り際です。
カウンターに並ぶお客さんに出す料理を作る手を止めて店主が言いました。
「ありがとうございました。20年続いたのは、これしかできないと思ってやっているうちに好きな仕事になったからでしょうね。」
お勘定を払う時、マスクの上の店主の目に力が戻っていました。
私はいつものように「ごちそうさま」と言って店を出ました。
キャリアコンサルタント 久保賢司